2012年6月29日金曜日

エンジンオイルの話:HTHS粘度


粘度以外のエンジンオイルの性能を規定するものとしては、
API(American Petroleum Institute)規格、
ACEA(Assosiation des Constructeurs Europeens d’Automobiles)規格
ILSAC(International Lubricant Standardization and Approval Committee)規格
また二輪車用のJASO(Japanese Automotive Standards Organization)規格がある。
しかし、オイルの基本性能を規定するものは、やはり粘度であることは
今も昔も変わりない。

粘度といっても、絶対粘度と動粘度という二つの粘度があり、

 動粘度=絶対粘度/密度

という関係にある。両者は似ているようで異なるパラメータだが、
ここでは深入りせずにおく。

一般に、物質の粘度は温度が上昇するほど下がる。
つまり、シャバシャバになるわけだ。
逆に低温では粘度が増加し、ドロドロ状態になる。

シャバシャバになると何がダメかというと
油膜の保持能力が下がる。

エンジンオイルは油膜を保持することで、金属同士が直接接触するのを
防止し(流体潤滑状態)、それによって、金属の摩耗を防止している。

油膜が保持できなくなると、金属同士が触れ合う境界潤滑状態になり
摩擦係数や摩耗の悪化という事態を招く。
サーキット走行など、油温が高く、負荷の高い条件では
これによりエンジン寿命を縮めてしまうことになる。

しかし、低温(=始動時)でドロドロだと、
始動時にオイルがエンジンに回りきる時間が長くなり
「ドライスタート」によるエンジンの摩耗が増加する。
そして余りにドロドロすぎると、その抵抗のため、
ついにエンジンが始動できなくなる。

(以前は、低温粘度というと低温始動性だけが問題と思われていたが
 最近ではドライスタート影響も着目されるようになってきた。)

したがって、エンジンオイルは
高温であまりシャバシャバにならず
低温でもあまりドロドロにならない、
つまり温度による粘度変化が少ないものが望ましい。

とはいえ、世の中、そうは問屋がおろさないので
一般に高温でも十分な粘度を保持しようとすると
低温ではドロドロになってしまうし、
逆に低温で適正な粘度に抑えると、高温では
シャバシャバになって頼りなくなる。

ご存知と思うが、粘度を規定するSAE分類によると
オイルの粘度は○W-○であらわされる。

前半のWが付いているのは低温粘度、後半は高温粘度
数字が大きいほど高粘度になる。

たとえば5W-30と15W-50を比べてみると
5W-30はドライスタートで有利(5W)だが、
あまりに高温になりすぎるとシャバシャバになる(30)。
一方、15W-50は、ドライスタートでは不利(15W)だが、
高温での油膜保持力は高い(50)。

しかし、ここで、粘度指数向上剤という夢のような添加剤が
発明された。超高分子のポリマーを添加することで
低温であまりドロドロにならず、高温では適度な粘度を保つ
ということが出来るようになったのだ。

そのため、極端なものになると0W-60などという
オイルが一時出現したこともある。
こういうオイルをワイドレンジオイル、という。

ただし、話はここで終わらない。
高分子ポリマーは高分子ゆえに極限状態に弱い。

ギヤなど摺動部の狭い隙間でせん断を受けると、
ポリマーの配向が変化して粘度低下が起こる。
さらに強いせん断を受けるとポリマーは分解してしまい、
永久的粘度低下を起こす(せん断安定性に劣るという)。

要するに、見た目の粘度は高くても
ここ一発の粘度はダメだし、
分解しやすいのでオイル寿命も短い、ということだ。

この問題を議論するために提唱されたのが
HTHS粘度(High Temperature High Shear Viscosity)である。
日本語では高温高せん断粘度という。

SAE分類による高温粘度は100℃における動粘度で分類されるが
HTHS粘度は150℃で測定される。

HTHS粘度が高いほど高温、高負荷での摺動面の摩耗量は少なく、
サーキット走行時のエンジン保護のためには重要となる。

公道で乗る場合にはそこまで重要ではないだろうが、
HTHS粘度が2.6mPa・sを下回ると四輪でも摩耗量が急激に増加するし、
四輪より過酷な条件にさらされる二輪では
JASOによって、2.9mPa・s以上のHTHS粘度が要求されている。

以前は、粘度指数向上剤によって厚化粧されたオイルを区別するには
極端なワイドレンジオイルを避けるのが一つの手段であった。
(たとえば、15W-50に比べて10W-50はワイドレンジなので
粘度指数向上剤がそれだけ多い可能性があるわけだ。)

ただし、XHVI(Extremely High Viscosity Index)基油などのように
ベースオイルの性能でワイドレンジを出している
というオイルも存在するようになり、
SAE表示よりはHTHS粘度を基準にしたほうがよさそうである。

しかし、残念なことにHTHS粘度を表示しているオイルは
特に日本市場においてはさほど多くない。
あまりHTHS粘度が一般的ではないからだといわれている。

その代わりといっては何だが、
SAE規格にもHTHS粘度が導入されており、
高温粘度表示に伴って

 20 2.6以上
 30 2.9以上
 40 3.5/3.7以上(0W, 5W,10Wは3.5、15W以上は3.7)
 50 3.7以上
 60 3.7以上
    (単位mPa・s)

を保つように求められている。したがって、やはりサーキット走行では
SAE50番、もしくは15w-40などのオイルを用いるのが望ましいようだ。

もちろん、エンジンなんか1レースで使い捨て!
というワークス並みに懐が豊かな人は
あえて低粘度オイルを使うことで、
オイル抵抗を減らしてパワーアップを狙う手はある。
(まあ、2,3%程度しか違わないだろうが・・・・)


また、公道しか乗らず、安いのが良いから四輪用オイルを使うという場合でも
SAE20番などの極端な低粘度オイルは使わない方が良いだろう。

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